18


ふわりと空気が動く。
指先から飛び立った小鳥はばさりと大きく翼を広げると一声鳴き、広げた翼から数枚の羽を赤髪の男に向けて放つ。

たいして威力もないその攻撃を赤髪の男は片腕で薙ぎ払い、チャンスと思ったのか右手に眩い程の炎をまとわりつかせ一気に距離を詰めてきた。

「もらったぁ!」

まぁ、ハンデとしてはこれぐらいが調度良いか。

胸を貫こうと突き入れられた炎の手刀を軽くいなし、俺は敵の眼前で薄く笑みを浮かべ甘く囁くように教えてやった。

「良いのか…?背後ががら空きだぞ」

「な…に…っ」

男は振り返ったがもう遅い。

「ぐぁ…ぁ…!」

鋭く伸びた鉤爪が赤髪の男の背を捉える。
小鳥の姿を模した力は男の背後で旋回したあと鷹へと姿を変え、すぐさま標的目掛けて降下を始めていた。

深々と背中に爪が突き刺さったまま、男は鷹によって地面に引き倒される。傷口から流れ出た血が地面を汚すのを眺めながら、俺はすと右腕を胸の前に持ち上げた。

その腕に男の背に乗っていた鷹が反応し、持ち上げた右腕の上へと戻ってきて止まる。

きちんと役目を果たした鷹には口付けを送り、俺は地面に転がった赤髪の男を無機質な眼で見下ろした。

「今の発言、我が王への侮辱か。到底許されることではない」

鷹を乗せた腕を倒れ伏した三人に向けて翳す。

「元より我が王の命を狙うなど…」

ふわりと風もない場で、背を覆っていた長い銀髪が靡く。翳した掌から零れ出した赤い光が身体を覆い、幻想的な光景を作り出す。

身体の横に下ろしていた左腕。左手薬指に填まっていた指輪が熱を持ち、生じていた皹をパキリと広げていく。

「その命、要らぬということだな」

辺りに広がった圧倒的な力に、倒れ伏した男達は声も出せずに意識を失う。
刃向かっておきながら手応えのない連中に鼻白み、発現させ持て余した力をどうしてやろうかと考えを巡らせた時、俺は感知した強烈な魔力に身を震わせた。

「これは…」

まるで此処まで来いといっているような魔力の存在に吐息が零れる。
ふらりと熱に浮かされたように足を踏み出し、俺は肩を揺らした。

「そこか。くくっ…いいぞ、待っていろ」

どくりと脈打つ胸に指先を滑らせ、紅く咲いた薔薇に触れる。

「王へと捧げたこの身に触れた罪…楽に死ねると思うなよ」

パキリと指輪から零れた欠片が静かに地面へと落ちた。










時を同じくして、ティーチとニアスに選抜させた二十名あまりの精鋭部隊を率いライヴィズは城門前から出立していた。
ライヴィズの傍らにはティーチとニアス、シュイに自ら部隊へと志願したリョウレイが続く。

「妃殿下…っ」

時が経つにつれライヴィズの纏う気配が剣呑なものとなり、それがカケルの身に起きている事態を伝えてくる。秀麗な眉を寄せ、隊に加わっていたリョウレイは苦悩するように唇を噛んだ。

「空間移動さえ可能ならば…」

高位の魔族であればわざわざ移動手段など講じなくとも好きな場所へすぐに移動できた。しかし、今回敵は予め何らかの対策をしているらしくカケルが捕らわれた場へ直接空間移動することは叶わなかった。

故に、ハナヤ一族の根城とする谷へ一番近い場へ空間移動し、そこからは自力で向かうことになった。

地を蹴り、一行は谷へと降りる。
そして、そこで待ち構えていた敵と一戦交えることとなった。その数、二十名余り。

「来たな。我らが仇!」

「よくもっ、罪無き妻を、子を、殺してくれたな!」

問答無用で襲いかかってきた敵にリョウレイは深紅の槍を召喚する。各々武器を手にした部隊を前にライヴィズはティーチへ声をかけた。

「時が惜しい。ここは任せたぞ、ティーチ」

「はっ、お任せを」

「リョウレイ、シュイ、ニアス。お前達はついて来い」

「はっ!」

「っ待て!貴様は俺達が!」

ライヴィズの行く手を塞ぐように立ち塞がった敵へ、この場を任されたティーチが右の掌に攻撃型の魔力を顕現させ、解き放つ。その一撃で道を開けたティーチはライヴィズへ先へ進むよう声を上げた。

「さぁ、お早く!」

そうはさせるものかと捨て身で襲いくる敵にティーチは己の部隊へ命令を下す。

「お前達、ライヴィズ様の行く道を切り開き、各自目の前の敵を討て!」

膨れ上がった魔力に敵が怯んだその一瞬をつき、ライヴィズ達は第一陣を突破した。

ハナヤの根城に近付くにつれ強く拍動し始めた鼓動と魔力にライヴィズは微かな不安と焦りを覚え、ぽっかりと口を開け待ち構えていた薄暗い洞窟を厳しい眼差しで見据えた。

「ライヴィズ様。ここは私が」

気持ちが急いて足を踏み入れようとしたライヴィズをニアスが止め、様子見にまずニアスが洞窟内へと足を踏み入れる。途端、侵入者用に仕掛けられていた罠が作動した。

洞窟の壁に埋め込まれていたのだろう刃が上下左右から無数に飛んでくる。ニアスは両手に魔力を集中させると対刀を顕現させ、刀に宿した魔力で飛んできた刃を消滅させた後、そのからくりの元である壁に埋め込まれていた装置を一撃で破壊した。

ニアスから立ち昇る魔力の色は橙。揺らめく魔力が炎の様に辺りを照らし、作動した罠を合図にしたかのように洞窟内から第二陣がわらわらと姿を見せた。

第一陣とは違い、直ぐに攻撃をしかけては来ない敵にニアスが訝しんだ目を向ければ、先頭に立った男がニアスの視線を感じてゆっくりと口を開く。

「何故…、何故、あの場に居たと言うだけで息子は殺されなければならなかったのだ」

「………」

「ハナヤ一族だけでは殺し足りなかったか魔王!」

ギッとライヴィズに向けられた瞳は暗く、憎悪に支配され酷く濁っていた。直に突き付けられた負の感情に紫電の瞳は寸分も揺るがず、冷ややかに告げる。

「…とうに過ぎた事を持ち出して何になる。時間の無駄だ。散らせ、ニアス」

「はっ」

自分達の身に起きた悲劇をもはや過去の事だと切り捨てたライヴィズに、男達が胸に抱いていた憎しみが一層深まる。問いかけた男はくはっ、と壊れた様な笑い声を上げると暗く澱んだ目で言った。

「我々の命など…魔王から見ればそこらの塵も同然か」

「それは違う!ライヴィズ様は…!」

一方的に喋る男に思わず口を開いたニアスをライヴィズが片手で制す。

「良い」

「しかし、ライヴィズ様…」

「――っ、何処が違うと言うのだ!貴様も妃も…っ。…血も涙も無い貴様を必ずや同じ目に合わせてやる!」

澱んだ目で一人空気に酔いしれた男はその身から凝った魔力を立ち昇らせた。

「必ずや、ハナヤ様は我々の願いを叶えて下さる。…貴様の妃を壊し、貴様の目の前で血祭りに上げて下さる!はははははっ!」

耳障りな笑い声とその内容にライヴィズはニアスを制止した右手を前方に翳すと、すぅっと感情の失せた顔で口端だけを吊り上げる。

「囀ずらない分、塵の方が幾分かマシというものだな。…失せろ」

ピリッと翳した指先から迸った紫電の光が男へ向かったと思った次の瞬間、ぱっと光が走り、その場にいた者達の視界を一時奪う。
白けた視界が元に戻った時には煩く囀ずっていた男の姿はそこには無く、ただ男の立っていた岩場辺りに黒く焦げた後だけが残された。

一瞬の出来事に敵はざわりと狼狽える。
ライヴィズは無感動な瞳を向けると、ニアスより一歩前へ足を踏み出し、パリパリと右手に紫電の光を走らせニィと壮絶に笑って見せた。

「…次はどいつだ?今ならそこにいた男のように痛みも与えず欠片も残さず俺様が直々に消してやろうぞ」

クッと、洞窟の奥から感じるカケルの気配と魔力に引き摺られるようにライヴィズもまた昂る感情を抑えきれずに妖しく笑う。元よりライヴィズには抑える気がなかった。

「ライヴィズ様…」

「案ずるな、ニアス。無意味な殺戮など趣味ではない。ただ、こやつ等は今尚ハナヤ一族と同じ罪を犯し続けているようなのでな。その報いだ」

同じ罪、と瞬時には意味が理解出来ず繰り返したニアスにライヴィズは指先を敵のいる前方へと向け、容赦無く雷撃を放つ。

バリッと音が走ったと思った次の瞬間には眩い光が視界を焼き、前方にいた敵は身構える間もなく自身でも気付かぬ内にその場から欠片すらも残さず綺麗に消滅させられていた。

残ったのはライヴィズと、ライヴィズが引き連れてきた部隊のみ。

邪魔者が居なくなり、開けた視界の先にあった光景にニアスとシュイ、リョウレイは大きく目を見開き、息を飲んだ。

「あれは…!」



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